【ダイバーシティ】コンテンツ共有会!2022 vol.8

もくじ

ダイバーシティ推進委員会で恒例となってきました、
コンテンツ共有会の第八回の様子を今回もざっくりダイジェストでお届けします。

コンテンツ共有会って何? という方向け第一回の様子はこちら

イーガオのダイバーシティ推進委員って何をしてるの?
という方はぜひこちらご覧ください。

今回の題材は「ビリーブ 未来への大逆転」という作品です。
あらすじはこんな感じ

貧しいユダヤ人家庭に生まれたルース・ギンズバーグは、「すべてに疑問を持て」という亡き母の言葉を胸に努力を重ね、名門ハーバード法科大学院に入学する。
1956年当時、500人の生徒のうち女性は9人で、女子トイレすらなかった。
家事も育児も分担する夫のマーティンの協力のもと首席で卒業するが、女だからというだけで雇ってくれる法律事務所はなかった。
やむなく大学教授になったルースは、70年代になってさらに男女平等の講義に力を入れる。
それでも弁護士の夢を捨てられないルースに、マーティンがある訴訟の記録を見せる。ルースはその訴訟が、歴史を変える裁判になることを信じ、自ら弁護を買って出るのだが──。

公式サイトより

史実を元にした歴史に残る裁判を描いた映画です。
どんなトークをしていたのか、雰囲気感じていただければ幸いです。
以下、映画のネタバレが多分に含まれておりますので、気になる方はぜひ映画見てからブログを読んでみてください。

まずは感想

前にやったアラバマ物語が作中に出てきて感慨深かったです。
人種差別と性差別を同じ差別で一括りにするのはみたいな話も前にしたけど、作中でそこが取り上げられててまさにずっと議題にある話題なんだなと思いました。
主人公の旧友でこちらも法律の仕事をしているメルさんという人物が不思議な立ち位置というか、主人公に対して現実的に考えろ的な事を言ってみたり、支援団体的な立場ではいるのに嫌味っぽい言い方でぶつかったり、
複雑な立場キャラクターで、彼の立ち位置や考えがいろいろ気になりました。
あと夫がよかったですね、二人で法廷に並ぶところとか、ずっと最大の理解者であるところとかがよかったです。
病に倒れた夫の分も勉強するルースさんのガッツも良かった

同じくですが、アラバマ物語の話が出てきておっと思いました。
それがきっかけのひとつとなって、娘さんの言葉に主人公が奮い立たされるのがすごくよかったです。
何よりもあの方のパワフルさがすごい。
学校に女性トイレとかもないまま勉強してとか、すごく尊敬するし、自分にはできないなと。
男性側でも不利益があるってのをこういうタイプの映画で大きく取り上げてるのをあんまりみたことがなくて、そこがまず勉強になりました。
男性が向いていないとされるケア労働系の職業の話とか、そういう視点に驚いたし。年代的に日本はどうなんだろうって。
ちょっと調べてみたら、日本は1960年代にはジェンダー平等が進んでるように見えてたって記事を見つけました。
戦後の法律改正のタイミングで、憲法で男女平等とか、個人の尊厳をしっかり明記したっていうのが大きかったらしいです。
今はというと、憲法はそうなんだけど、家制度が根強く意識に残ってるから、現実と意識の乖離もある感じらしく。そこの対照的な進み方が面白いなと思いました。

今回の映画の中でも触れられていたアラバマ物語について、コンテンツ共有会やった回はこちら!↓

メルさんについて少し思ったのは、すでに自分でも人権意識的な部分で戦おうとしたことがあって、
それでダメだった挫折があったからこそのああいう態度だったのかな。
難しいという事を理解してて、戦う気持ちがちょっと弱まってたところだったから、ああいう厳しい言い方をしてしまったのかなと思いました

作中他に出てきた本当に悪意のあると言うか、協力する意思のない人と違って、メルさん自身も人権意識はあってそのために活動してる人というのはあって。
私が思ったのはルースさんは経験を積む機会を奪われていたから実際に法廷に立つ機会がなかったのは事実なので、メルさんはあえてキツい言葉をかけたりして発破かけるみたいな印象受けました。
言ってる事は賛同するけど、そのやり方じゃ法廷じゃ今は伝わらないって身をもって知ってるからこそ対策させるために悪役やってるみたいな。
別の人権活動家の先人の方と話して協力したり自分ができる事をやろうって意識になったりのシーンもあったし、わりと根っこは協力的な人だった気がします。

なるほど、その見方はしっくりきます。

結構こういう映画って女性が一人で頑張るじゃないけど、一人で強くある事が求められるタイプの話わりとあると思って、
なのでルースさんみたいなすごい事をなした人でもパートナーの力を借りて協力していいっていうのを描いていたのはすごく良かったと思いました。
人の力を借りていいんだよってメッセージ意外とないなと思って。
お子さんとも結託して人の手を借りてってのが良かったです。
法律が変わるより人は勝手に先に変わっていくんだから法律の方が合わせないとみたいな、要約するとこういうセリフが作中であって、それがすごくまさにそれ!
と思ってかなり胸にきました。

社会が変わるってどういうこと?

人の意識の変化に法律とか制度が追いついてないのって、まさに今の日本だなあと痛感する世論やパブリックコメントを最近よく見るわけですが。
どうしたらそこの差が縮まるのかなあと

映画を見て思ったのは、身体的な男女差を単純に社会的なロールに紐付けて理解しようとしてきた部分がこれまでは広くあったんですよね
そこらへんの切り分けが日本はまだチグハグなのかと少し思います。
女性が/男性がやることと区切るのじゃなくて、発想を変えれば「性別は無関係でどっちでもできることでは」みたいなのに気づけてないというか。
そういう視点の転換が少し苦手で遅れがちな部分なんですかね

国民性という言葉で片付けるのはよくないですけど、新しいものに関する抵抗感は少し強めな部分はあるかもですね。
特に育児とかは、赤ちゃんに関わったりする部分だから、慎重になるのも当然なので難しいんですけど

無痛分娩とか経口避妊薬とかの導入が進まなかったりも典型ですね

もちろんそれぞれの方法に一長一短はあって、
今はそもそも選択肢が少ないのが問題、みたいなパターンが多い気がします

作中でも介護に関する問答の中で「女性が家にいる前提で話してるんじゃない、今は家から出て働く人のための介護の補助の話をしています」みたいな話しててそこだよなあと思いました。
男性も女性も育児も介護も仕事も身に降りかかってくる前提で性別によらずじゃあ働くから家にいない人のためにどうしようって考え方が必要な問題だと思うんですよね

育児も介護も男女関係なく携わるべき事項なのに、どうしても男性は仕事優先みたいな価値観が未だに根強いところはありますよね。
(共働きも増えているのに)女性に「その他」の多くが押しつけられたりしがちというか

コロナで一気にリモートワークが進んだってこともあるし、意識も制度とかもずっと変わらないという事はないと思うんですよ。
必要に迫られる限界まで待つんじゃなくて、少しずつ変わっていくのを進めるために何ができるか。
ダイバーシティ推進でも考えていきたいです。

問題意識ってそんなに難しい事じゃないかも?

作中であった話ですごく今の日本でもある問題なのが、今ある制度でこんなに〇〇(映画では介護に関する女性だった)を補助しているのに、それに噛みつくって保護いらないの??みたいな意見があると思うんですよ。
でもそれって介護は実際は男性も関わる事なのに、制度側で想定してなかったりして補助からこぼれる人が出てくる。
こういう時に男性女性ってくくりではなくて、共にこれから育児する人介護する人みたいなくくりで一緒に活動とかして行けたらいいんだろうなと思うんですけど

男性の側からも声が出るって大事だと思うんですよね。
同じ属性の人が声をあげることで気づくことって必要だと思って。
フェミニズムっていう言葉の使い方がなかなか難しくて、そのなかで議論取り上げられている問題って、今回の映画であった介護の裁判がまさにそうであったように、
自分も関係ある可能性があるのに、言葉につられて「女性の権利がどう」という単純なイメージとして理解している人が多い印象があります

そもそも性別関係なしに人権意識の部分みたいな話っていう論調になる必要が時代の変化としてあるのかなと思います。
ジェンダーとかが言葉としては近いと思うんですけど、でも自分はマイノリティだとか困ってる訳ではないしなあ、性別の話の問題でしょ?自分は関係ないってみたいに当事者意識を持ちづらい人も多いので。
もうちょっとマイルドに受け口広くというか、皆がチラッと意識できるいい名称とかあるといいなあ

今ある言葉ってネットとかでスラング的に使われていたりするし、1回そのレッテルが貼られると元の考え方とか思想の大事な部分とか全部届かなくなっちゃうんですよね。
概念とか思想にまつわる難しい問題ですよね

単語だけで拒否反応を示しちゃうというかね

対話の放棄って一番ダメなことなんですよね

SNS とかであるmetoo運動であったりとか、ああいうちょっと新しい社会活動じゃないけどみたいなのがもっと増えるといいなぁと思います。
もうちょっとライトに触れる機会があるものが出てくるといいな

気楽に扱いすぎる事の問題もありますが、例えばSDGsとかも、最近のこの概念を取り上げる社会の風潮がなければ出会わない人たちもいっぱいいると思うんで、
言葉としてだけでも目につく機会が増えるのはいい傾向なのかなと思いますね

そういえばこないだ電車のラッピングでもSDGsの広告見ました。
こういう形で気軽に目に入るのはいいですね

男性社会の中での女性の描かれ方

映画見てて思った事なんですけど、女子学生の歓迎会と称して学生呼んで、男女並べてエスコートさせたりやってるのちょっとモヤッとしましたよね

あそこの嫌な感じだった学部長、後でまた普通に有力者のまま出てきてこいつ……って思いましたね

あの人の特に嫌ポイントが、ルースさんの実力は後のシーンで普通に認めてるんですよね。
これでこれだから女は的な扱いならまだその人の中では一貫してるんだなって思うけど、実力は正当に評価はしてるけど、それとしてめっちゃ女性に対して偏見やレッテルは持っているってそこの両立がめっちゃ歪で。

他の教員の人も割とすぐ能力を認めてるっぽい感じでしたしね

それがなんかリアルないやさだなあと思います。
人の実力とか見る感性はあるし仕事の実力はあって、そういう人でも男女的な意識とか社会通念みたいなものが変わらない、変えられないんだなーすぐにはみたいな部分が

最後の裁判での判事とかも差別をしている意識はないんですよね。
それが自然の摂理だみたいな。
人権意識とかはちゃんとあるし、自分はその人のために言っていると思っての必要な『区別』だろって態度ですもんね

アイコンって誰だろう

ルース・ギンズバーグさんが亡くなったのが、2020年って最近なんですけど全米でかなり話題になったって話を聞いて、
日本で置き換えた時ってどうなんだろうと思って。そういうアイコン的な存在というか。

日本で言われてみると確かに全然浮かばないですね

確かに、生き方とか考え方のモデル的な人がいないからあんまりイメージ湧かなかったりするのはあるかもですね

学者や活動家の方はもちろんたくさんいますけど、
ちょっと違う立場で思ったのは、川上未映子さんですね。
すごくリアルなというか、生々しい女性の生き様とか社会を描く作家さんで外国語にも翻訳されていて、最近も世界的な文学賞にノミネートされたことが話題になっていたりするので、これからますます活躍されていきそうです。

アイコン的な人って意味で、フェミニズムとかジェンダーが全面ではないですけど最近は結構その渡辺直美さんとか光浦靖子さんとか藤原しおりさん(元ブルゾンちえみさん)みたいな、元女性芸人で海外へいった方で結構ルッキズムであったり
女性の固定観念的なものを壊してる人で有名だしキャッチーで受け入れられてる人はポツポツ出てきてるなと思いました。


映画は時代的には少し前のアメリカの話でしたが、今の日本に生きる自分達はどうだろう?
なんて身近な話としても考えられたり、自分達も何かできるかな、なんて、少し勉強を初めてみたくなる面白い映画でした。

ダイバーシティ推進委員会ではイーガオの皆がより働きやすくなるように日々いろんな活動をしています。
イーガオメンバーで、実はこれで困ってる、こういう事を知りたい、などありましたら、お気軽にslackのダイバーシティ推進のチャンネルにお越しください!
では、読んでいただきありがとうございました!

関連する記事

もっと見る