イーガオ

未経験からWebエンジニアになって3年が経ったいま、思うこと【後編】

こんにちは。タイ・バンコクから一時帰国中のオータキです。

今回は『未経験からWebエンジニアになって3年経ったいま、思うこと』の後編。

ちなみに前編はこちらです。

 

ちょっと本題に入る前に余談ですが、、。

僕が書いた【前編】を読んでイーガオの面接に応募され、面接時にもその話をしてくださった方がいたそうです。

これ聞いたときは泣くほど嬉しかった…!!!

本当にありがとうございます。

そしてその方は無事に内定されたとのこと。よかった( ^ω^ )

 

こんなふうに今後も『自分以外の誰か』のお役に立てるよう、強みを活かして頑張ります!

それでは、本題の【後編】いってみましょう!

 

イーガオに入ってよかったこと・悪かったこと

 

まずは『イーガオに入ってよかったこと』から。

 

よかったことは、なんといっても手をあげれば何でも自由にやらせてもらえる社風だったことと、売上よりも社員の意思を大切にする社風だったことですね。

僕は入社してすぐ…というか、入社する前のインターン時期に新規事業(3ヶ月で頓挫したけどw)を立ち上げましたし

Webエンジニアとしてキャリアチェンジしたかったので、代表に頼んで友人が立ち上げたWeb制作会社に出向させてもらいました。

僕がいまフロント言語やPHP、WordPress、Laravelの知識を身につけてられてるのは、この友人の会社と、当時別の会社に出向してた僕をわざわざ引き戻し、友人の会社に行かせてくれたイーガオのおかげです。

売上的には元の会社に出向させてたほうが安定してたのに。

それでも、僕がWebをやりたいと思ってること、そのためにRailsの勉強してることなどを知っていて、その意思を汲んでくれました。

 

その後、2016年には受託部門の立ち上げを経験させてもらい、2017年にはタイでのリモート勤務をスタートすることができました。

受託部門は、全然売上が立たず大変な時期もあったのに丸っと任せてもらえましたし

タイでのリモートに至っては、それに合わせてフレックス制度を導入してくださったり、時短勤務を適用してもらったりしました。

(※追記 フレックスの導入は「たまたま」だそうです。自意識過剰だったw)

 

本当に…優しすぎて怖いですw

油断させといてそのうち訴訟でも起こされるんじゃないだろうか…w

 

冗談はおいといて、イーガオに対してこんな風に感謝してるのは(きっと)僕だけじゃありません。

  • 一旦辞めて実家に戻られたあと再入社された方
  • 別の会社から2人で移籍してきた方
  • 僕以上のドシロウト状態から入社しデザイナーになった後輩

 

などなど、イーガオがあってよかったと思ってる社員は多いです。

 

僕も、普通の会社だったらとっくにクビですからね!

こうして今のスキル・生活があるのは、「やりたい!」といえば何でもやらせてくれる環境と、目先の売上よりも社員の意思を尊重してくれる寛大な心があったからだと思います。

僕も経営者になるなら、こういう経営ができるようになりたいなぁ…。

 

では『イーガオに入って悪かったこと』は、、。

入って悪かったことというか、改善してほしいのはトップダウンの決定がなさすぎることですかね。

新規事業にしても社内ロールにしても、個人の自由で好きにスタートできるのは嬉しいです。

(社内ロールについて知りたい方はこちら

ただ、方向性が固まり「よしこれで行こう!」となった後は、個々の自由ではなくトップダウンで社員一丸となって取り組むべき時期があるはずです。

『社員一丸となって』というのは、なにも『社員みんなで1つのことに取り組もう』という意味ではありません。

 

この新規事業には専任をつける。売上が立つには時間がかかるけど、そのあいだは他の社員で支えよう。

 

という決断をトップダウンで行う、という意味です。

新規事業の立ち上げは、既存事業の継続より何倍もの『瞬間的なパワー』が必要ですから。

 

これがなかったせいで、おもしろかったのに中途半端に終わってしまった企画・事業がたくさんあると思ってます。

代表の田中さんは、そういう「俺について来い!」タイプとは正反対なので、これが変わるかどうかは微妙ですね…。

(SESという事業形態上、そう簡単に客先から引き抜いて専任のリソースを確保するのは難しいということも理解しています。)

 

ただ、僕の個人的な思いとしてはぜひ変えてほしいです。これが変われば、いろんな物事がもっと一気に進むはず。

経験を積むという面でも『意図して巻き込むべき人』がいるはずですし。

 

何より、せっかく声をあげた人が頑張ったのに、リソース不足で中途半端に終わったらもったいないですからね。

 

身についた力

 

身についた力は〜…。色々あります。

スキル面はもちろん、それ以外の部分でも。

なんせ元がゼロですからねw

ホント色々あるんですけど、特に大きく伸びたのは『自分で考える力』かな。

ちょっと偉そうな言い方をすると、僕は会社に勤めながらも

大切なことは自分で決めて、自分でコントロールしてきた

と思ってます。

それを許してくれる土壌がありましたから。

 

おかげさまで、2017年7月からは月80時間のリモート勤務+フリーランスという2足のわらじをやらせてもらってますが、幸い食いっぱぐれることなく生きていけてます。

フリーランスとしては(会社員としてもw)まだまだですが、元々なんの取り柄もなかった僕がフリーランスとしてやっていけてるのは、イーガオで『自分で考える力』を養えたおかげだと思ってます。

いきなりフリーランスに挑戦してたら、きっと食っていけなかっただろうなぁ…w

 

あと、また余談なんですけど、先日おもしろい記事を見つけました。

クラスで唯一プログラミングができなかった男はなぜ入社3ヶ月でMVPを取れたのか——リクルートライフスタイル 甲斐駿介

 

記事の内容をざっくり要約すると、

東工大在学時にはクラスで1番の落ちこぼれだった甲斐さんが、プログラミングを必死でおぼえてGoogleのインターンに参加。

そこで世界レベルの仕事を体験したことで一念発起し、東大の共同研究員として機械学習を学ばせてもらう。

その後、リクルートに入社し3ヶ月でMVPを獲得。24歳の若さで新規事業のプロジェクトリーダーとなるまでに登りつめた。

というお話。

その過程や経験を通じて考えたことをお話されてます。

 

このストーリー自体も、甲斐さんのお考えも非常に魅力的でおもしろかったんですが、僕が一番共感したのは甲斐さんのスキルアップの方法でした。

甲斐さんは、クラスで1番の落ちこぼれ時代、大学の教授にお願いしてマンツーマンのプログラミングレッスンを受けてます。

そうしてなんとかGoogleのインターンに受かった後、周りの参加者のビジョンの明確さと目標意識の高さに感化され、

『ギアを入れ直さないといけない』という焦燥感に駆られ、東京大学で機械学習を研究していた教授に連絡。共同研究員として迎え入れてもらい、毎朝6時起きで深夜まで研究する生活を1年弱続けたんです

と語られてます。

その後、リクルートライフスタイル・ネットビジネス本部に入社し、3ヶ月でMVPを獲得。

今は若干24歳の若さで『Airメイト』のプロダクト責任者。

 

優秀さのレベルが全然違うので比較するのもおこがましいんですけど…笑

この甲斐さんのエピソードを読んで「僕も似てるかも」と思ったポイントがありました。

それは、自分の成長のために環境を利用するのが上手いという点。

 

今はググればなんでも調べられる時代ですし、フリーランスという働き方が注目されてることもあって、『プログラミングは独学で学べる』という価値観がいっそう広まりつつあるなと感じてます。

 

…が!

 

必ずしも『独学が最速の道である』とは限りません。

優れた人に師事したり、優れた組織に身を置いて、自分の『スキル』や『ビジネスに対する基準値』を一気に引き上げるメリットは大きいと思ってます。

せっかく給料をもらいながらスキルアップできる環境があるんですよ?

最初から選択肢にも入れないなんてあまりにもったいないじゃないですか。

結局、自分の成長のために『環境』という資本をどう使うかが大切だと思います。

 

あれ、これ何の話でしたっけ…?笑

 

今後の展望

 

今後の展望としては、ズバリ『エンジニアとして手を動かす』ことから卒業しようと思ってます。

…いや、卒業します!

 

バンコクでリモート勤務を始めてからというもの、本当にいろんな人に会いました。

そのなかで、自分のスキル不足を痛感したり「まだまだ伸びシロがある」と嬉しく思えたこともたくさんありました。

ですが、ここ数ヶ月「自分の本当に得意なことはなんだろう?」と考えていたら、僕の強みを生かす道は『エンジニアとしてのスキルを伸ばすこと』ではないという結論に至りました。

僕の強みは、周囲の人との関係値づくりだったり、自分の経験を伝えることだったり、周りの人の力を集めて何かをやることだ、と確信したからです。

 

これに気付けたのも、バンコクで一緒に住んでる友人が僕の強みはこういうところだと教えてくれたのがきっかけでした。

本当にありがとう( ^ω^ )

 

この例からも分かるように、僕は周りの人の協力がないとホント大したことないですw

1人で黙々と技術を探求していける職人タイプではありません。

それに、一人で何かをやり遂げるより周囲の力を借りながらやり遂げたときの方が、自分自身が楽しめてるということにも気付けました。

 

『手に職』を捨てるのは怖いです。めちゃくちゃ怖い!!

10年後、20年後に何にもできない中年になって、その辺の道ばたで肩を落として歩いてるかもしれません。

 

でも、自分の心が言うんです。

お前が目指すべき方向は、そっちじゃない

と。

 

言うてもITやWebは好きなので、今後も付き合い続けるとは思います。

『エンジニアとして手を動かすことをやめる』だけで、Web制作はディレクターとして今後も続けますし、興味のあるスキル(今だとマーケティングやSEOかなぁ)は勝手に習得してると思います。

でも、方向性として『自分で手を動かす』ことはもうやめます。

この決断を将来の自分が後悔しなくて済むように、初めて「エンジニアになろう」と決めた頃の情熱を思い出して、またゼロからがんばろうと思ってます。

 

最後に

 

こんなに長く、自分と自分の会社のことを好き勝手に書いてるだけのブログを最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

ありがとうございます!!

 

3年前、ノースキルだった僕がこうして一丁前に経験談を書けているのも、僕をそばで支えてくださった方々がいたからこそです。

僕はイーガオからたくさん助けてもらったので、これからは貰ったご恩をイーガオも含めた『自分以外の誰か』に返していきたいと思います。

 

最後に、僕と同じように未経験からエンジニアを目指してる方、今すでにエンジニアで何か困ってる方、もしかしたら力になれるかもしれないので、そんな時は連絡してください。(※過度な期待にはご注意ください!)

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そして、この記事を読んで「イーガオ面白そうじゃん」と思った方は、ぜひ一度オフィスに遊びに来てください!

僕は日本にいないかもですが(笑)、それでもイーガオがおもしろい会社だということは十分ご理解いただけるはずです。

お問い合わせはこちら

 

タイ、日本、はたまた全く別の『世界のどこか』かもしれませんが、あなたと直接お会いできる日を楽しみにしています。

それでは( ̄∀ ̄)

ABOUT ME
大滝
大滝
イーガオでWeb制作のマネージャーとエンジニアしてます。 PHP/Laravel・WordPressでのサイト制作、システム制作がコアスキル。 旅が好きです。2017年からタイのバンコクを拠点にリモートワークしてます_(┐「ε:)_